「ありがとう2周年!」
 空は鼻息荒くピースサインを両手で作って突き出している。うんまぁ、僕たちがお付き合いを始めて、正確には明日で2周年だね。明日は月曜日だから日曜日の今日ね、お出かけしてお祝いしようってことになってるんだよね。
 空のテンションが高めなのはいつものことだけど、今日は特別高いかな。嬉しいよ、すごく嬉しいしありがたいって思う。でもここは寮の食堂で、結構な人数が朝ごはんを食べてるから、さ。
 おめでとうって声をかけてくれる人たちもいて、僕はもういろいろよく分からないよね。何も考えない方がいいんだろうか。僕が思っているより世界は優しいのか……?いやいや、そんな甘くないぞ。
 藤堂くんはうんざりと言った感じで、ピースサインを突き出されてもノーリアクションだ。空と藤堂くんはルームメイトだからね、ごめんね、たぶん昨日辺りからずっとこんなテンションなんでしょ。
「……おめでとう」
 と、新条くんが言ってくれた。めちゃくちゃ小声だったけどちゃんと聞き取れたよ。伊達に2年半友達やってないからね。
「ありがとね」
 僕がそう言うと、新条くんはふっと笑った。ような気がした。表情を読み取るのはまだ難しい。
「幡野先輩、広瀬先輩、おめでとうっす!」
 僕たちが座ってるテーブルにガシャン!と自分のトレーを置いて、吉岡くんが大声で。味噌汁こぼれたけど大丈夫?
 坊主頭に一重まぶた、太い眉。体も藤堂くんと変わらないぐらい大きくていかつい吉岡達樹くんは行動や言動が何かと大雑把だけど、気は優しくてよく笑う、僕たちのかわいい後輩だ。
 仙太郎さんからセンターのポジションを受け継いだ藤堂くんに代わる正パワーフォワードとして頑張ってくれている。コウさんたちが抜けてしまった今年のインターハイで準優勝できたのは、藤堂くんと吉岡くんがコンビを組む強力なインサイドによるところも大きかった。
「練習終わったらデートっすか!?」
 そしてやっぱり、ほんとほんとほんと、この子は声が大きい!
「せやで!」
 と、空はピースサインだ。
「達樹、メシは静かに食え」
 藤堂くんにたしなめられ、吉岡くんはハーイと返事をして静かに箸を動かし出した。この子は藤堂くんにとても従順だ。憧れているとか尊敬しているとか、そんな感じみたい。ちょうど藤堂くんが仙太郎さんに対してそうだったように。
 まぁ今は藤堂くんも後輩の前でかっこつけてるだけで、普段は空と一緒にうるさいけどね。
 そんなことを思った数秒後。
「恋に部活に勉強に!先輩たちはぜーんぶ全力でスゴいっすねぇ!やっぱソンケーっす!」
 いや僕は勉強はなんにも頑張ってないけど、え、吉岡くん、さっき藤堂くんに静かにってたしなめられてハーイって返事したよね、え?
「やけん、達樹」
 藤堂くんの体から怒気を孕んだオーラが吹き出してる!これはやばい!と思った、その時。
「た、たっちゃん、声大きいよ」
 眉間に少しだけ皺を寄せた子がトレーを持ってやってきた。背は僕と似たり寄ったり。横幅も、似たり寄ったり。ちょっと内気な性格。そこまでは僕と被ってるんだけど、この子はおかっぱ頭に糸目でメガネっ子なので大丈夫、全然違う。キャラ被りはしていない。彼の名前は丸山福介くんと言う。
「ほんとだよ、そう言うの先輩たちに迷惑だって分かんないかな、達樹はほんとデリカシーないよね」
 もう1人。こちらは背が高くて顔も整ってて髪も長め。いわゆるイケメンだ。ふわふわした優しい子で僕たちにはすごく礼儀正しいんだけど、吉岡くんに対してだけやたら舌鋒鋭いのは桜井奏くん。
 2人とも吉岡くんと同じ2年生で、7人の2年生のうちこの3人が寮住まいだから3人は仲がいい。
 ……いいと思うんだけどね。桜井くんの吉岡くんへの態度はまぁその、デレがあるのかは分からないけど、あるとしてのツンだ。察してあげて欲しい。
 なんにせよ、2人の登場で藤堂くんは毒気を抜かれたのか怒りを鎮めてくれたようだ。ホッ……。
「おっす、フク、奏」
 と、吉岡くんはなんにも気にした様子もなく。いやまぁ君はもうちょっと察しがよくてもいいかもしれないけどね、今の藤堂くんのこともだけど桜井くんのこと……桜井くんはそれでいいと言うからいいのかな、うーん。
 丸山くんははにかみながら、桜井くんは丁寧に僕らへ挨拶をして椅子に腰を下ろす。
 ちなみに丸山くんはその丸こい見掛けに反してすばしっこいシューターで、空のバックアップを、桜井くんはポイントガードとして僕のバックアップを務めてくれている。彼らも頼りになる後輩たちだ。
「そ、空せんぱい。陸せんぱいと2周年、おめでとうございます」
 気を遣ってか小声で、丸山くん。この子は空によく懐いている。空への気持ちが憧れや敬意みたいなものだけなのかどうか。
 正直、僕の目にはそれ以上の好意を抱いているように見える。僕にも割と懐いてくれてるみたいだし恋のライバル視、みたいなのはされてなさそうなんだけど。
「うん、ありがとフク」
 空はニコニコと、嬉しそうに。空も丸山くんをフクと呼んでかわいがっている。丸山くんはかわいらしいし、体型も僕と似ているから、逆に空からしたらどうなのかな、もしかして好みだったりするのかなって最初は心配してしまったんだよね。で、ちょっと聞いてみたの。
 そしたら、
『いやまぁかわいいとは思うけど、僕は陸以外にはそうゆうのあれへんから。ちゅうか陸の方が千倍かわいいし。そもそも陸の方こそフクのことかわいいて思とるやろ?』
 と、やぶへびだった。
 いやいや僕はほら、もう少しその、君みたいなぽっちゃりさんぐらいが、その、ね。て言うか僕も君だけだからね!?
 あと千倍は盛り過ぎでは!?
 みたいになってしまった。
『奏はあんたと同じで分かりやすかったけど、福介は結局分からなかったわね』
 と、椎堂さんはそう言って卒業していった。
 それから半年経ったけど、僕も丸山くんのことはよく分からないままだ。いやまぁもちろん分からなくてもいいんだけどね、あんまりどやどやと踏み込んでいっていいことではないし。
 僕は、僕はね、椎堂さんが踏み込んできてくれたおかげで助けられたし、今がある。椎堂さんは踏み込んでいいかどうかの見極めがすごく上手くて、桜井くんにも踏み込んでいった。そして桜井くんも救われたと言う。椎堂さんがいなくなった今も、僕がいるからありがたい、助けられてると言ってくれている。
 僕でも助けられる人がいる。支えになれる。
 そう思えたから、それを繋いでいけたらいいなって。もし、もしも丸山くんもそう言うことで悩んでいるのなら、と思うのだ。
 桜井くんは、
『おれにも分かんないんです。フクから女の子の話を聞いたことはないですけど、おれも達樹もその手の話はしないですからね』
 と言っていた。
 吉岡くんはね、入部してすぐ、高校生活はすべてバスケに捧げる!彼女は作らない!って宣言してたもんね。自分、不器用っすから!みたいな。丸山くんも口にしないだけで、吉岡くんと同じなのかもしれないよね。
 でもあの椎堂さんに分からないと言わせた子だからね。だからこその心配もあるわけで。
 さっきも言ったけど軽々しく踏み込んじゃいけないことだから、彼がもしSOSを出す時があったらそれにすぐ気付けるように、そっと見守りたい。
 それが今の僕に、先輩としてできること、かな。

 なんだかんだと話が盛り上がり朝ごはんに時間を使い過ぎてしまって、僕たちは走って学校へ行くことになった。
 想定外の走り込みからの、わずかに遅刻してしまい罰としてさらに走り込みを課せられ、そこからいつもよりハードなメニューをこなして、お昼ちょっと過ぎに練習は終了した。
「国体終わったばっかなのに練習キツいっすね」
「俺らには今度のウインターカップが最後の全国やけん、そこ目指してきっちり仕上げてくれよるんやろ、ありがたいことやわ」
 寮に戻ってお風呂で汗を流しながら、吉岡くんと藤堂くんがそんな会話をしている。なんだか競馬の育成ゲームの話を馬がしてるみたい、と思っちゃった。
 うちはインターハイの準優勝でウインターカップの出場権を獲得してるから、予選には出場しない。その分実戦から遠ざかるので、監督はまた練習試合をたくさん組んでくれている。
 来週から週末はほとんど練習試合になるから、これからしばらく空と2人でゆっくり過ごせる時間もとれないだろう。だから、こんな時にデートだなんてキャプテンとしてはいかがなものかと思わないでもないけど、今日だけは許して欲しいかも、なんて。
「じゃあ先に上がるね」
 脱衣所からパンツ姿の空に急かされて、僕は湯船に浸かってる藤堂くんたちに声を掛けた。
「ほいほい、楽しんできぃや」
 そう言って手を振ってくれる。
 いつもありがたいねと感謝しつつ、空にせっつかれながら服を着て、2人で寮を飛び出した。
 向かう先はいつもの新遊志野駅前。遊ぶところ食べるところなんでも揃ってるから、僕らのデートはいつもそこだ。たまに新宿とかまで出ることはあるけど、ほんとたまに。近くないしね。
 高校を卒業して成人したら藤井さんが新宿二丁目に連れて行ってくれるらしい。ドキドキしちゃう。
 去年、1周年の時のランチは奮発してフレンチのコースにしたけど、今日は少し抑えてハンバーガーとフライドチキンだ。時間も中途半端だしね。
「夜はまた焼肉やろ?いつもんとこ」
 フライドチキンにかぶりつきながら、空。
「うん、記念日は明日だし、明日は肉の日だし」
 と僕が言ったら、
「せやったら毎年お祝いは焼肉になるやん」
 空はそう言って笑った。
「肉料理は他にもあるから」
 僕もそう言って笑ったけど、ほんとは鼻の奥がツンとして泣きそうだった。空が当たり前のように、毎年お祝いだなんて言うものだから。
 いいのかな、こんなに幸せで。
 なんて思っちゃったよ。
 その後はね、久し振りに映画を観たんだ。SNSで映画オタクの大学生ゲイの人が絶賛していたミニシアター系の映画はめちゃくちゃ面白くて、最後はホロリとさせられた。それからいつもの焼肉屋さんに行って、いつもの食べ放題コースを頼んだ後、
「来年はこの上のコースいこ。2人とも働きだしたらもっと上のやつ。もっとええ店っちゅう選択肢もあるけど、まぁそれはいずれやね」
 空がね、そう言ったんだよね。
 こちらがびっくりしてしまうぐらい、空は僕との未来をまっすぐ信じてくれている。
 空は僕たちとは少し違う、はっきりゲイとは言い切れない人だから、いつかもしかしたら……って覚悟を決めといた方がいいのかな、なんて思ってた時期もあるけれど、そんなものはきっと必要ないんだよね。僕がしなきゃいけない覚悟があるとしたら、もっと前向きなものなのだろう。
 だからね、こんなにも幸せでありがとうって気持ちを大事にして、ちゃんと伝えていかなきゃね。

 お腹いっぱいお肉を食べて。
 おいしかったね、食べ過ぎて苦しいけど焼肉は最高だね、また行こうねって言いながら、帰り道。
 こっそりと手を繋いで歩いていたら空がふっと歩くのをやめて、手をぐいっと引っ張ってきた。
「どうしたの?」
 覗き込んでみた空の顔は真っ赤で。
「きょ、今日は、せえへんの?ぼ、僕はしたい、したいんやけども……」
 もじもじしている。
 キスならさっきもした、いっぱいしたから、空が言ってるのはつまり……。
 思わずごくり、と唾を飲み込む音が静かな夜道に響いた、ような気がした。
 し、したい。僕だってしたい。空にしたいと言われただけであそこが硬くなってしまった。でも何も準備とか、してない。
 か、買いに行く……?と思ったら、空がリュックを少し開いて中身をチラッと見せてくれた。
 いつもは小さなボディバッグひとつなのに今日はなぜかリュックなんだなとは思っていたけど。
 な、なるほど。そう言うことだったのね……。
「じゃ、じゃあ行こっか」
 手を握り直して、歩き出す。
 よく行く、いやいやよくは行けない。高校生のお小遣いの範囲でとなるとやっぱり滅多には行けないけど、僕たちでも入れる所が近くにあるので。
 歩きながら、思った。
 2年前に付き合いだした時から空はエッチなことにも積極的だったけど、最近はなんと言うかムラムラすることが増えてきたらしく、1人でする時用にって動画を欲しがったりもした。
 もしかしてようやく訪れた、いわゆる思春期ってやつなのかな。相変わらず毛が生えてくる様子はないようだけども……。
 いいんだろうか、この人にあんなことして。
 なんて思わないでもないし。ほんとに僕ら同い年だよね?と、確認したくもなる。
 隣を歩く空に目をやると、目が合った。少し照れ臭そうに笑って、小さくピースサインしてくる。
 かわいいな、ほんとにかわいい。
「大好き」
 そう言って、僕もピースサインを送った。
 そしたら空は嬉しそうに笑って、
「僕も大好き」
 と言ってくれた。
 嬉しい、ありがとう、大好き。
 胸いっぱいの、この気持ち。
 ぜんぶ大切にして、行こうね、一緒に。そこはきっと僕たちのピースフルワールドだから。
 ……ぜんぜん上手く言えてないし。いま僕たちが向かっているの、ラブホテルだし……。
 ピースフルワールドとは?って言わないで!
 ラブホテルの名前がピースフルワールド、みたいなオチもありません!ごめんなさい!

おわり