▶︎稜星高校(神奈川)VS遊志野学園(東京)

「あっ」
 稜星のメンバーチェンジ、都築焔に代わってコートへ入った海の姿に思わず声を上げた陸の横顔を見て、椎堂はふぅん、と鼻を鳴らした。
(想像上の生き物じゃなかったのね)
 存在を疑っていたわけではないし、メンバー表に名前も見つけていたし、出番は少なかったがプレー動画も見ていた。しかし陸の話をそこそこの出来の、何かファンタジー的なものとして受け取っていたところもあった。
(だってインハイ中に、そんな恋愛イベント)
 普通はないだろう。ないない。
 陸と海の昨日までのことの顛末は、陸はあちらにもプライバシーがありますので!と言って詳しくは語りたがらなかったが、あらかたは知っている。
 いや、事細かく知っている。恵太と2人で、相談に乗ってやった恩を忘れたのか、何度も勝手に宿を抜け出したことを隠してやったり庇ってやったりした恩を忘れたのか、と責め立てたら案外あっさりと白状した。海の話をする陸は、いつもどこか嬉しそうだった。
(でも振ったのよね、あの陸が)
 最初の恋を、想いを貫くと決めて。
 ふふっと椎堂は笑う。嬉しそうに。
 しかしその相手と決勝戦で戦うことになり、そこはちょっと、展開としては強引ね、と思う。
(もう一波乱、あるのかしらね)
 それもいいかも、とも思った。
 まぁできれば、波乱は試合の方で、とも。

稜星高校(神奈川)
4 原田 将(3年) 183cm PG
9 青柳 冬馬(2年) 172cm SG
15 小鳥遊 海(1年) 163cm G
10 相良 敬一(2年) 195cm PF
5 陸王 蓮迩(3年) 205cm C

遊志野学園(東京)
11 葛原 航(2年) 178cm PG
9 広瀬 空(1年) 154cm SG
7 新条 明(1年) 190cm SF
4 高槻 悠(3年) 180cm PF
8 藤堂 健介(1年) 188cm C

 コートインした海は、あたふたしながら、監督に出された指示をメンバーに伝える。
「青柳さんは葛原さんに。止めることに専念して欲しいそうです。広瀬くん……には僕が付きます」
 一瞬言い淀んだ理由も、チラと空に目をやった真の意味も、その場の誰にも読み取れない。
「コトリもディフェンス専念?あのおチビちゃん半端なく速いよ、気をつけて」
 青柳は淡々としている。空の相手は上手くないと判断されたのだろうが、焔のように下げられたわけではない。
 葛原のようなタイプの方が自分には合っているとも思えたし、何より空のプレーには苦手な藤井恵太が重なって見え、おもしろくなかった。
「しかし、と言うことは、だ」
 遊志野のエースに当てるのは。
 相良は原田に視線を送った。原田がわずかに口角を上げていることに、驚く。
「まーくん笑ってんじゃん、超スーパーレア!」
 陸王が大きな声を上げると、すぐに原田の顔はムスッとしたものに戻った。
「まーくんはやめろと」
「まぁまぁ、向こうの新条?外から撃ってくるかと思ったらガンガン切り込んでくるし、なかなか厄介だからさ、まーくんしっかり止めてね?まーくんでも無理だったら、そん時は」
 クフフ、と陸王は笑った。
「それはない」
 陸王が常に強敵との戦いを望んでいることは知っている。が、それは原田も同じだ。
「楽しみだ」
 そして今度は、はっきりと口角を上げた。

「ぐおおおお!」
 健介がうなる。陸王を相手にポジションをまったく取らせてもらえない。ディフェンス時には高槻が助っ人に飛んできてくれるが、オフェンス時はそう言うわけにはいかなかった。それでもなんとかポジションを取るのだと、体を動かし続ける。
 その点では、苦境にあるのは高槻も同じだ。相良は高槻より体がかなり大きく、パワーもある。しかしパワー一辺倒、暴力的にインサイドを支配し続ける陸王とはやや違い、相良にはスクリーンの巧みさなど、インサイドプレイヤーとしての高い技術があった。
「それでも、それでもなぁ!」
 ガードは昨日、卒業した。今はインサイド、ここが自分の戦場だ。誰が相手でも、ここは絶対に踏ん張って見せる!と、奮起している。
 この試合、メインスコアラーとしてチームに貢献してきた空の動きは鈍くなっており、得点もぱったりと止まってしまっていた。
 第3Qで投入されて空に付いた海はフレッシュで、動きも軽い。青柳のしつこいマークを振り切るのにかなり足を使ってきた空はやや疲弊している。
 加えて、海の気迫にやや気圧されていた。
「君には負けない!負けたくない!」
 と、執拗なフェイスガードを仕掛けてくる。
(僕この子になんか恨まれることしたかな!?)
 そう思ってしまうほどの気迫だ。
 もちろん海のその奮闘に自分の親友と自分自身をも関わっていることなど、想像もできない。
 一方、新条。
 相手が高校No.1プレイヤーと呼ばれる男になろうとも、一歩も譲る気はない。
 もちろん原田もこれ以上1年生エースなどに好きにやらせる気は微塵もなく、何もさせんぞ、と腰を落として立ちはだかる。
 ただ2人とも重度な無表情キャラなので、今試合最高のマッチアップに沸く会場の盛り上がりに対しては、やや冷めた空気が流れていた。
 そして葛原。
 淡々とした顔で自分にべったりと貼りついてくる青柳に辟易しながらも。
(こいつもまったくヌルくはねぇが)
 確かにしつこいが、尋常なものではないオーラをぶつけてくる原田と比すれば、やはりヌルいとはっきり言えてしまう。
(分かってんだよ、ババァ)
 あの顔を思い出すと、頬が痙攣する。
 ポイントガードなら優位をとれる場所で戦えなどと、そんなことは百も承知だ。
「だったら、こうだろ!」
 一瞬、相良のマークを外した高槻にボールを送り、青柳を1ステップで交わし、即座にリターンを要求する。
 そして、ショット。今大会初めて放たれた葛原のスリーは空や新条も顔負け、と言わんばかりに美しく弧を描き、リングを射抜いた。
 葛原はどちらかと言えば攻撃的なポイントガードではあるが、決して自ら動いてガンガン得点を稼ぐタイプではない。あくまで周りを使うプレーを好む。が、シュートが苦手なわけではなく、むしろ得意としていた。よく自らを完璧と呼称するのは、つまりそう言うことだ。
 そして葛原は立て続けにもう一本のスリーを決め、それにチームは勢いづき、葛原に引っ張られるように、空もスリーを決めた。
 それは会場に怒涛の唸りを巻き起こす。もはやダークホースではない。堕ちた名門でもない。勢いづいた遊志野は止まらない。遊志野は今、確かに稜星に並ぼうとしている。
 点差は、大きく縮まり、6。
 そこで第3Qの終了を報せるブザーが鳴った。
 大波乱があるのか。
 稜星の3連覇は阻止されるのか。
 観客が固唾を飲み始め、第4Qが始まった直後、最初のプレーでそれは起こった。
 青柳を交わしてドライブを決めた葛原は絶好調で、ブロックに跳んだ陸王と相良の間に見つけた小さなスペースにボールをねじ込み、ゴールを奪って見せた。
「来た!4点差だ!」
 遊志野は止まらない。会場の唸りも止まらない。
 その空気に当てられて興奮し、立ち上がった仙太郎は、ゴール下でうずくまる葛原の姿を見つけ、その柔和な顔を凍らせた。
「わ、航ぅ!!!」
 大声で名を呼ぶが、葛原はぴくりとも動かない。
 レフェリータイムが宣言されるのを待たずに飛び出した仙太郎に警告を与えようとした審判は、倒れた葛原のただならぬ様子にそれを控え、改めてレフェリータイムを宣言した。

「無理だな」
 ベンチまで運ばれた葛原の大きく腫れた足首を見て、京香は唇を噛んだ。葛原の顔は苦悶に歪んでおり、誰も京香の言葉を否定できない。
 遊志野メンバーの顔は青ざめており、観客席もざわついている。里々子たちも、もどかしい気持ちでベンチへ視線を送っていた。
「……出る……!」
 激しい痛みをものすごい形相で抑え込み、絞り出すように葛原が言った。
「無理だよ、無理だよ航」
 もっとも我を失っているのは仙太郎だ。
「着地した時に、誰かの足に乗って捻ったな。まぁよくある事故ではあるが……」
 あまりにも症状が重い。
「出るっつってんだろ!」
 か細い怒声に、京香ですら一瞬言葉を失う。
「オレは、オレは……!た、高槻さんを……高槻さんを……!オレが、オレがやらなきゃ……!」
 無理やり立ち上がろうとして、すぐにドスンと腰を落とした。より激しい痛みが走り、葛原の顔がさらに歪む。
「……すみません……!」
 泣いていた。
 納得したわけではないだろうが、受け入れざるを得なかった。これでは動けない、試合に出ても、何もできない。今、それを痛感した。
「仙太郎、頼む」
 出てくれ、あとは任せる、と言うことだ。おろおろするばかりであった仙太郎、葛原のその言葉にはっとし、うんうんと何度もうなずいた。
「分かった、相原を入れる。青柳には」
「いや、ちょっと」
 高槻を当てる、と言いかけた京香を遮ったのは、その高槻だった。
「相原が復活してくれるのなら、俺の役割はここで終わりっしょ。あとはベンチでみんなを支える」
「え、それでは」
 ひとり足りないのでは?と言いかけた陸の言葉も遮り、高槻はドン!と胸を叩いた。
「俺がここで、支えてやるから」
 高槻の言葉に、椎堂がふふっと微笑む。そして、あたしもね、と付け加えた。
「遊志野の、葛原のバックアップと言えば」
 陸の肩に手を置く。
「ひとりしかいねーだろ?」
 そう言って、陸の肩をぐいっと引き寄せた。

[#29-1:the signs of turbulent]

つづく