人に何かをプレゼントするのが好きなのです。
 家族とか仲のいい友達とかの誕生日にはプレゼントをしたい方。
 お小遣いからのやりくりだから、あまり「えへん」と偉そうには胸を張れないのだけど。
 何をあげようかな、と悩んでいる時、とても楽しい。ウキウキする感じ。
 相手が喜んでくれたら、もっと嬉しい。
 それがね、とてもとても大好きな人のためだったら、もうね、嬉しいとかじゃ済まないと思うのね。
 恋人にプレゼントをあげることを想像して、以前の僕はそんな風に考えてた。
 現実はちょっと違ったと言うか……。
 みんなはどう?
 悩む?悩まない?楽しい?楽しくない……てことはないよねぇ。

「うーん……」
 そうやって、何回うなっただろう。
 手にとっては棚に戻し、手にとっては棚に戻し、手にとっては棚に戻し。
 同じことを、何度も何度も繰り返している。
 ふと、店員のお姉さんと目があった。
 僕は「ごめんなさい」という気分で苦笑い。お姉さんは、微笑。きっと苦笑したいだろうに。
 そんなやり取りも、もう何回目?
 今日だけの話じゃなくて、昨日もだからなぁ。
 もっと言えば先週も。ごめんなさい、先々週も。
 明日はクリスマスイブだって言うのに、僕はまだ武士へのプレゼントを用意できてなかった。
 武士と付き合い始めて、二回目のクリスマス。
 去年は(僕のせいで)ケンカしちゃったりいろいろあったから、今年は用事があるからね!と予め家族にも宣言して、ばっちり予定もあけてある。
 当日に何をするかとかはきっと武士が綿密に考えてくれているだろうから(そういうの大好きな人なので)僕はプレゼントを用意するだけなんだけど……。これが、なかなか決められない。
 去年は時計をプレゼントした。
 武士が欲しがっているのを知っていたので、あまり悩まずに済んだんだ。ちょっとだけ高価なものだったけど、その頃はちょこっとアルバイトもしてたし。今は受験勉強に専念しなきゃいけないので、もう辞めちゃったんだよね。
「お小遣いに不自由させてるつもりはないんだけど」
 って、お母さんに言われたのもあって。
 そもそもアルバイトは校則で禁止されているし、近所のオバちゃんたちの、
「吉村さんち、もしかして火の車なんかな」
 みたいな噂話?とかもあったみたいで、僕のアルバイトをよくは思ってなかったみたい。
 実際、お小遣いには困ってないしね。お金を使う趣味もないし。たまに服を買うぐらい。
 そういうわけで、今年は予算が限られている。
 しかも、武士から欲しいものを聞き出せなかったんだよねぇ。
 僕が「なんか欲しいもんとかあれへん?」って聞いたら「おまえ」とか「おまえがそばにおってくれたらええ」とかって、それはとてもとても嬉しくって、僕もまったく同感で、僕はホントもう、武士がいてくれるだけで幸せで、最高で、ずっとずっと一緒にいたい!
 ……えっと、ごめんなさい。
 あの人は何気に勘の鋭い人だから、僕がプレゼントを何にしようか聞き出したいのを察してるんだと思う。
 で、気を遣って教えてくれないんだ。
 んもう、なんて優しい人なんだ。大好き!
 とかじゃなくて。いや大好きなんだけどね。
 さて、何にしようか、プレゼント……。
 僕は割と、服とかバッグとか好きで、買うのも好きで貰うと嬉しい。でも武士はあまりそういうものには興味がない人だ。
「慎平のセンスはええと思うし、慎平色に俺を染めてくれたらええねんで」
 武士は冗談めかしてそんなことを言ってくれたことがある。僕のセンスはおいといて、あまり自分の趣味を押し付けるのもなぁ、とか僕は考えちゃうわけです。

 結局、今日も決められなかった。
 どうしよう、他のお店に行こうかな。でも時間がない。焦る。焦ると、冷静に考えられもしない。
 店を出ようとした僕に、お店のお姉さんが声をかけてきた。
「ボク、ご両親へのプレゼントで悩んでるの?」
「ちゃ、ちゃいますよ。えっと……」
 言いあぐむ。友達に、とは言いたくなかった。
 と言うか小さいからって「ボク」はなくない?
「じゃあカノジョかな?悩むよねぇ。アタシも中学の頃、初めて付き合ったカレシに何をあげたらええか死ぬほど悩んだわ。懐かしいわぁ」
 ちょっとちょっとお姉さん、最後のほう関西弁出てはりますよ。
 あと、中学生扱いはやっぱりひどい。僕は高校三年生のもうすぐ18歳ですよ!
「クリスマスなんやから、そんな眉間に皺寄せて考え込まんでもええやん」
 そんなことを言われた。僕、そんなにひどい顔してました?
「なんでもええと思うわ。ボクの心を精一杯込めたもんなら、カノジョもきっと嬉しいで」
「ええまぁ、そらそう思いますけど……」
「アタシのお勧めは、コレ」
 って、急に店員に戻って商品を手に取った。
 僕は苦笑いに近い愛想笑いを返し、そのお店をあとにした。

「そんなん、分かってんねん」
 ガードレールに腰を預けながら、僕はそう呟いた。何時間も立ちっぱなしで、足が痛い。
 ……まぁ、なんて言うかな。
 心をこめたプレゼントなら、なんでもいいんだろうなってのは分かる。なんでもって表現はおかしいかもしれないけど、僕がもらう立場なら、なんでも嬉しいよ。
 武士が僕のために選んでくれたって思えば、なんでもね。
 でもちょっとね、ちょっと違うと言うか。
 ……何が違うんだろ。
 煮詰まる。
 煮詰まる。
 ……ん?煮詰まるって、意味が違ったっけ。この前、武士に教えてもらったような気が。いやいや、今はそんなことどうでもいいんだ。
 無駄で無為な時間が流れていく。
 やばいやばい!ホントに時間ないんだから!
 そうだそうだ、そうそう!こういう時は、やっぱり裕司に相談しよう!
「センターまで何日もないっちゅうのに余裕やな」
 開口一番、電話口の裕司は辛辣だ。
「なんやの。まだ用件も言うてへんやん」
「はぁ?大山へのプレゼントの話やろ?何べんメールよこしてきた思うてんねん」
「ちっとも返信してくれへんやないの」
「そんな暇ないっちゅうねん。おまえかて受験生やろ。恋愛なんぞにうつつ抜かしとらんと勉強せえ」
 ……だめだ。勉強漬けの毎日で本当に余裕がなさそうだ。
「分かったて、ごめん。大晦日の件は大丈夫やねんね。うん、それはまた連絡するわ」
 それだけ言って、電話を切った。
 昔っから裕司はこうだから。大抵、試験前はイライラしてる。申し訳ないことしちゃった。
 そう思っていると、スマホが鳴った。裕司からだ。やっぱり裕司は親友や!
「おのれにリボンでも巻いて、僕がプレゼントです〜とかゆうたらええんちゃう?」
 ブチッ。
 ツーツー……。
 ……。
 ひどい。
 僕がプレゼントって、なんだそれ。そんな、漫画じゃないんだから。

「僕の、全部をあげる」
「ありがとな、慎平。最高のクリスマスプレゼントや」
「武士の、好きにしてええねんで」
「かわいいで、慎平……」

 キャー!
 んもう!あかん、あかんて!
 あかんわ、この妄想。破壊力抜群すぎるわ。
 ……でも、クリスマスイブやしな。もし武士がしたいなら、それも、いいよね……。
 って、あかんて!あかんて!ええねんけど、あかん!あかんけど、ええねんけど、あかんの!
 だって受験生だもの、僕たち。
 ……受験生だからだめなの?高校生だから?普通の男女みたいに、子供ができちゃったりなんかは、しないのに?
 そういう問題じゃない気がするし、そもそも問題ですらない気もするし。
 ……よく分からない。
 最近はお互いに受験勉強で忙しく、デートする時間もない。
 学校ではいつも一緒だけど、前みたいにずっとべったりってわけにもいかないし、電話でお話しする時間も、ぐんと減った。
 今は仕方ないって頭では分かってても、やっぱり寂しい。そんな時、武士のことを想うと、なんだか心も体も熱くて痒くてむずむずして、たまらなくなるんだ。
 どうされたいのか、どうなりたいのか、どうして欲しいのか、なんなんだろう。
 僕はそんな、整理しきれない葛藤を振り払うように、またスマホを手に取った。
「体を捧げたるんが一番やな」
 裕司と同じことを言ったのはガクちゃん。
 でも口調は違って、嬉しそうな、いやらしげな、楽しむような。
 こんな返しをしてくるって100%分かってたはずなのに、どうして僕はこの人に電話をかけたんだろう。自分に呆れながら、僕は適当に濁して電話を切った。
「おうおう、なんやなんや。なんでも相談にのったんで。なになに?大将へのクリスマスプレゼント?せやな、服とかマフラーとかでええんちゃう?お揃いの手袋とかも悪ない思うし。お揃いが恥ずかしかったら微妙に色違いとかにしたらええやん」
 松本くんはノリノリで話を聞いてくれた。
 意外とって言ったら悪いけど、結構まともなアイデアもくれた。でも明らかに受験勉強からの現実逃避ができて嬉しそうって感じだったので、適当なところで電話を切ってあげることにした。
「そうそう、あたしも悩んどんのよ~。吉村くん、なんかええアイデアあれへん?」
 どうやら西岡さんは僕と同じ状況のようだ。
 いつもお世話になりっぱなしだから、力になってあげたかったのだけど、今の僕にはその余裕がなく。大変やね、お互いに頑張ろうねという話にしかならなかった。
「……」
 ちょっと沈黙が流れたのは、北口くんだった。
 普段からそうお喋りな方ではない人だけど、それも松本くんやガクちゃんなんかに比べてのことで、寡黙だとか無愛想だとかいうことではなくってですね。
「どないしたの?」
 少し心配。
「ああ、ごめん。瞳へのプレゼント?」
「そうそう、参考にさせてもらおうかと思って」
「……」
 また、沈黙。
 何かあるんだ。西岡さんと何かあったのかな、と思ったけど、さっき話した感じでは、西岡さんからは北口くんとの間に悩みなんかなさそうだった。むしろ、すごく楽しそうだった。
「えっと」
 口を開いたのは北口くん。口が重いのは、言おうか言うまいか悩んでいるからではなさそう。
 むしろ話を聞いて欲しそうだ。なんとなくそう感じたので、僕は黙って聞くことにした。
「……指輪」
「えっ」
 と、僕は間抜けなリアクション。
「あ、あれやで。そんな重たい意味のもんとちゃうで。チェーンに通して、ネックレスみたいにして渡そう思うてんねんで。うん、そうやで」
 そんなに焦らなくても。でも、指輪。
「……それはやっぱり、北口くんとしては」
「えーあー。うーん。俺としてはな、先のことは分かれへんけど、瞳以外の子となんやとか全然想像できひんし、大学行って、卒業してからちゅうことやろけど、多分、同じ大学へは行かれへんし……」
「……そっか。そうやね」
 西岡さんは神戸の女子大の推薦を既に貰っている。国立や他の私大も受けてはみるらしいけど、推薦を貰ったのが元々の志望校なので、センター次第では二次試験も受けないんじゃないかなぁ。電話で話した感じでもそうだったけど、ちょっとモチベーションも低下している様子。
「掴まえておきたいとか、そんなんやないんよ。ただ、先のことを考えた時にやな」
「多分やなくて、きっと」
 僕は思ったことをそのまま口にすることにした。
「西岡さんは、喜ぶと思うよ。変な心配することあれへんよ」
 電話口の北口くんは、とても嬉しそうだった。
 自慢じゃないけど、僕は同じ男子の気持ちより、女の子の気持ちの方がよく分かる。
 変だよね、僕は男の人しか好きになれないけど、心も体も男のつもりなのに。
(泣くんじゃないかなぁ)
 とも思ったけど、それは言わなかった。
 電話を切った僕は、ふっと空を見上げた。
 夏が終わって、秋なんてあったっけ?って感じで過ぎ去って、今は冬。
 日が落ちるのも早くなった。まだ5時前だというのに、ほとんど夜だ。
 風が冷たく、空は遠く。
 みんな、未来のことを考えてる。
「僕かて」
 考える。
 温もりが恋しくなって、僕は缶コーヒーを買った。コーヒーは苦いからあまり好きではないけれど、その苦さが今はちょっとだけ美味しく感じた。
 落ち着いて周りを見渡すと、みんないろんな表情をしていることに気がついた。
 連休を満喫してるのかな?社会人らしき人たち。
 冬休みに入って、浮き足立ってる学生たち。
 家族で連れ立って、一日早いクリスマスかな。
 その大荷物は、家族へのプレゼント?
 クリスマスなんて大嫌い!って顔の人もいる。
 恋人と一緒にプレゼントを選ぶってのもいいね。いつか武士に提案してみよう。
 楽しそうな人、楽しくなさそうな人、いろいろ。
「それぞれやし、みんなちゃうもんなぁ」
 それが当たり前。
 僕は僕らしく、武士へのプレゼントを選べばいいや。と、なんだか心の軽くなった僕は、さっきのお店へ戻ることにした。
 お姉さん、ごめんね。また悩んじゃうかもしれないけど、今度はちゃんと、楽しそうな顔して選ぶから。
 大好きな人へのプレゼント。
 悩んだっていいじゃない。だって大好きだから悩むんだよ?
 やっぱり、喜んでもらいたいから。
 無条件で嬉しい、とかだけじゃなくてね。プレゼントそのものでも喜んでもらいたい。
 うわーこれ欲しかったんや!って言う、武士の満面の笑顔を見たいんだ。大好きな人に喜んでもらいたいって、別にホント、普通のことじゃない?
 それは間違っていないと思う。
 だけど、その喜んでもらいたいって気持ちが強すぎて、大事なことを忘れていた。
 人のためにすることなのに、僕のためにって風に、気持ちがすり替わっていたような気がする。
 喜んで欲しいじゃなくて、喜ばせなくちゃいけない、みたいな。そんな押し付けがましいの、貰った方はきっと嬉しくない。
 悩むのはいい。
 と同時に、それがとても幸せだってことをね、忘れたくないな。
 だから、笑顔で。
 大好きな人の笑顔を見るために、僕も笑顔で悩む。うん、おかしくない。それがいい。

 翌日。
 朝から待ち合わせして。
 いっぱい遊んで、いっぱい笑って。いっぱい話して、いっぱい食べて。キスもいっぱいして。
 僕たちはクリスマスイブを大いに楽しんだ。
 今日だけは受験勉強のことも忘れてね。
 プレゼントは、バッグにした。色違いの、お揃いのバッグ。かわいい感じの、僕好みのデザインの。
「ええな、こういうのも!慎平とお揃いや。へへ」
 武士はホントに嬉しそうに笑ってくれた。
 良かった!
 この笑顔を見たいがために、僕はあんなに、アホみたいに悩んでたんだから。
 アホみたいでもいい。いいんだ。
「フンフンフンッフンフンフンフンフーン♪」
 向かいに座っている武士が、機嫌良さそうに鼻歌を鳴らす。
 やっぱりクリスマスだからということで、僕たちは夕食にフライドチキンを食べていたんだけど、店内に流れていたクリスマスソングを歌ったみたい。
「俺、この歌好きやねん。恋人たちのクリスマスやったっけ?俺らの歌やな」
 にひひ、と武士は笑う。もう、かわいいなぁ。
「これ、武士からの着うた」
 僕はスマホを取り出し、設定している着うたを武士に聴かせてみた。
「おお!マライア!」
「この歌、僕もクリスマスソングの中で一番好きやねん」
 と、僕も笑った。
 マライア・キャリーのこの歌は30年ぐらい前に流行った歌で、今はすっかりクリスマスソングの定番になっている。とあるドラマの主題歌で、お母さんが全話録画しており、僕もしょっちゅう一緒に見ていた。ソフト化されてないのは、まぁその主題歌が原因らしいけど。
「僕はちょっと、邦題には不服」
「なんで?原題はなんちゅうんやったっけかな」
 僕はえへへ、と笑った。わざとらしく、コホンと喉を鳴らして。
「All I Want For Christmas Is You」
 僕は武士の目をまっすぐに見つめて、そう言った。武士はそれを聞いて、少し考えていた。
「私がクリスマスに欲しいのは、あなただけ?」
「うん」
 僕は今度は、にっこりと笑った。
 武士は自分が言った台詞の意味を理解して、少し顔を赤らめていた。
「でもやっぱり、邦題も悪うないね。恋人たちのクリスマス。僕たちのクリスマス」
 うん、悪くない。
 ちょっと視線を横に浮かせながら、顔を赤らめたまま、武士はぼそっと呟いた。
「え、なぁに?」
 聞き返してみたけど武士は、
「いや別に。超独り言」
 と、顔をぶんぶんと横に振った。
 ごめんね、武士。ちゃんと聞こえちゃった。
「All I Want For Christmas Is You」
 ありがとう、武士。ちゃんと聞こえたよ。


 眩いばかりのライトが
 あちこちでキラキラと輝いている
 子供たちの笑い声は
 空気に満ちて
 みんな楽しそうに歌っている
 ほら、ソリの鈴の音も聞こえてきた
 サンタさん
 僕が本当に欲しいものを運んできてね

 今年のクリスマスはあまりたくさん望まない
 僕がお願いしているのは
 僕の目の前にいる
 愛しい人を見ていたいってことだけ

おわり